蘭室の友

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保田妙本寺

突撃!日蓮富士門流札幌談所 鳥本雄行との遭遇Ⅴ~011

鳥本が日蓮正宗を離脱した経緯から、保田妙本寺へ行くまでの話を聞いていて いよいよ教義の解釈へ。  ▽なぜ保田妙本寺なのか    鳥本曰く、  「保田妙本寺は一番理に適う。」  では、何がそんなに理に適うのか。  保田妙本寺では、日興上人の御形木御本尊を拝んでいるが、御本尊書写は、誰ができるのかと問うと、  「誰でも書ける!」と鳥本。  「はっ?」おっと出ましたよ、鳥本珍論。  では書ける人と書けない人を判断する根拠は何か問うと、  「法脈があればよい。」とのこと。    また、「北山の貫首が書いたものも駄目とは言い切れない。」のだそうだ。  だから正法から堕ちる者は、このようになるのである。  結局 誰が書写できるのか、わからなくなるのである。  鳥本は、「末寺の住職だって本尊を書いていた時代があるだろ。」と日有上人の化儀抄の例をだしてきた。  第二十五条【七十七条】、末寺に於て弟子檀那を持つ人は守をば書くベし、但し判形は有るべからず、本寺住持の所作に限るべし云云。  第二十六条【七十八条】、曼荼羅は末寺に於て弟子檀那を持つ人は之を書くべし、判形は為すべからず云云、但し本寺住持は即身成仏の信心一定の道俗には・判形を為さるる番も之有り・希なる義なり云云。  此の御条についての日亨上人の註解に、 「曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り・敢て・沙弥輩の呶々する事を許さんや」    と、まず御本尊書写は唯授一人の御法上人猊下様唯お一人にのみ許されていると示されている。  鳥本の言うが如き、「法脈があれば、誰でも書ける。」ことなどあり得ない。  仮に五老僧のように本尊を書写した者があろうと次の御指南で、日亨上人が破折されているではないか。   「曼荼羅書写本尊授与の事は・宗門第一尊厳の化儀なり、仮令意に妙法を信じ口に題目を唱へ身に殊勝の行ありとも・当流にては対境の本尊を授与せられ示書中の人とならざれば・信心決定即身成仏と云ふこと能はざるなり、故に宗祖は濫に曼荼羅を授与し給はず・開山は曼荼羅転授に就いても之を鄭重になし給ひ、尊師は宗門未有の弘通者なれども自ら曼荼羅を書写せず、然るに余門流の僧侶不相伝の侭猥りに曼荼羅を書き散して、僭越の逆罪とも思はざるのみならず・雑乱滅裂全き型式をだに得たるものなし、無法無慙の甚しきもの八大地獄は彼等の為に門を開けり・慎まざるベけんや」    故に他宗他門保田妙本寺も同様、本尊に雑乱するのである。  「然るに本尊の事は欺の如く一定して・授与する人は金口相承の法主に限り授与せらるる人は信行不退の決定者に限るとせば・仮令不退の行者たりとも・本山を距ること遠きにある人は・交通不便戦乱絶えず山河梗塞の戦国時代には・何を以つて大曼荼羅を拝するの栄を得んや、故に古来形木の曼荼羅あり仮に之を安す、本山も亦影師の時之を用ひられしと聞く、此に於いて有師仮に守護及び常住の本尊をも・末寺の住持に之を書写して檀那弟子に授与する事を可なりとし給ふ・即本文の如し、但し有師已前已に此の事ありしやも知るべからず、然りといへども此は仮本尊にして形木同然の意なるベし、故に守に於いては「判形有るべからず」と制し・曼荼羅に於ては「判形為すべからず」と誡め給ふ、此の判形こそ真仮の分るゝ所にして猶俗法の如し、宗祖の御書中所々に判形云云の事あり・思ふベし・中にも大曼荼羅には殊に判形を尊ぶこと唯一絶対の尊境なるを以つてなり」 「有師斯く如く時の宜しきに従ひて寛容の度を示し給ふといヘど、しかも爾後数百年宗門の真俗能く祖意を守りて苟くも授与せず書写せず・以て寛仁の化儀に馴るゝこと無かりしは、実に宗門の幸福なりしなり、然りといへども宗運漸次に開けて・異族に海外に妙法の唱へ盛なるに至らば・曼荼羅授与の事豈法主御一人の手に成ることを得んや、或は本条の如き事実を再現するに至らんか・或は形木を以て之を補はんか」  かつて鳥本は日蓮正宗の僧侶であったにも関わらず、御本尊書写について、全く理解していなかった、あるいは、他門に堕ちたが故に全く理解できなくなったようである。    他に文証を挙げれば、 「此の血脈並びに本尊の大事は日蓮嫡々座主伝法の書、塔中相承の甕承唯授一人の血脈なり。相構へ相構へ、秘すべし伝ふべし」(御書一六八四頁)  血脈と御本尊の大事は御歴代上人にのみ伝えられていることを仰せられている。    鳥本の言も、本尊は誰が書写してもよいとは、創価学会と同じ見解ではないか。    剰え 「北山の貫首が書写しても駄目とは言い切れない。」など笑止千万。    鳥本の御本尊書写観などこのようなものである。

-保田妙本寺