蘭室の友

一天四海本因妙広宣流布と自他の進化を目指す

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樋田×青木 釧路対談リターンズ vol.8(メルマガ記事転載)

2016/08/08

先月17日の聖教新聞紙上でご観念文の変更が発表されたようですね。

 

このように本来の修行に関わることが コロコロ変わるところを

創価員はどのようにとらえているんでしょうか。

 

「まぁ 学会本部が決めたことだから  素直にそれに従っていれば良い。」

 

という感じでしょうか。

 

今回の変更箇所は、いくつかありますが、

その中の一つ 諸天供養のご観念文を ざっくり削除しちゃったんですね。

 

最初の題目三唱にその意義を込めるって いうことらしいですけど。

諸天の加護なんか感じられなくなっちゃったから これでいいということなんでしょうか。

 

さらにここが重要な変更箇所なのですが、

これまでの「一閻浮提総与・三大秘法の御本尊」を 「法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊」に変えちゃった。

昨年の「弘安二年本門戒壇の大御本尊様を受持の対象にしない」という 会則改変から 

今回の御観念文変更で、 戒壇の大御本尊様を思わせる表現を一切無くしてしまいましたね。

 

一閻浮提総与も三大秘法も一応まだ戒壇の大御本尊様を 思わせる表現ではありましたからね。

 

そこで、 「法華経の肝心・南無妙法蓮華経の御本尊」って一体 何でしょうか?

 

これなら、将来どういう本尊持ってきても、 いかようにも解釈できる記述にしましたね。

 

中央主題に南無妙法蓮華経とでも書いてあれば、

 

どんな本尊でもオッケーってわけですか。

 

今日は地元の正宗寺院に御講参詣させていただいて、 ご住職の御法話を聞いていました。

 

そのお話の中で、「化儀・化法」のお話がありました。

日蓮正宗では、「化儀即化法」であり、

「化儀と化法は本来、一体なのであり、 この基本は変わらないことを化儀化法の一体という」

ということを教えていただきました。

 

創価学会のように、

会則で拝む本尊の主体が変更になったり、

勤行の仕方が変わったり、

御観念文がコロコロ変わるなど 

大聖人様の仏法では、ありえないことです。

 

予想はされていましたが、

最近の創価員が主催するブログを読んだみたら、

 

戒壇大御本尊様は大聖人後世のものであることが証明されたなんて

 

ざれ言をのせていました。

 

創価員の中にも 戒壇の大御本尊様を自ら否定する輩も あらわれて、

それを堂々とブログにアップする時代になったんですね。

 

正法から一度ころがり落ちると、自由落下の方程式と同じように 加速度がついて、

落ちていくのが速い速い。(笑)

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